超ネタバレ!「ブラックショーマンと覚醒する女たち」感想~全わたしが泣いた「査定する女」~
東野圭吾の「ブラックショーマンと覚醒する女たち」。前作のブラックショーマンもかなり好きな作品だったが、新作が出ていると聞き即ゲットしました!
謎に包まれたバー『トラップハンド』のマスターと、彼の華麗なる魔術によって変貌を遂げていく女性たちの物語。その”マジック”は謎解きのための華麗な武器。全貌を知る時、彼女たちは何を思うか。そして、どう生きていくのか。
相変わらず見事なコミュニケーション能力と人を見る目を持つバーのマスター武史。
そして、さまざまな事情を抱える、バートラップハンドにやってくる女性たち…。「そうきたか!」と読者を唸らせる小説が並びます。
- トラップハンド
- リノベの女
- マボロシの女
- 相続人を宿す女
- 続・リノベの女
- 査定する女
6章から成るこの小説は、短編集ながらなんとなく繋がっている・・・?
さて、ネタバレはなるべくしたくない派の私だが、今回どうしても感想を書きたい短編がある。それは、この本のラストに収められている「査定する女」だ。
ネタバレを気にしない方、もう読み終わった方はぜひ見ていっておくれ。
「トラップハンド」
「査定する女」の話をする前に、冒頭の「トラップハンド」について触れておこう。
結婚相手をマスターに査定してもらうという、やや”あさはかな”?描かれ方をする美菜という女性について書きたいのだ。
「トラップハンド」は、婚活アプリで知り合った清川という男性に「隠れ家的バーだ」と美菜が連れられてくるシーンから始まる。
彼女は資産家であるような話しぶりをする男性に、さりげなくも大胆に状況を聞き出し、まるで査定しているかのようだ。
この「トラップハンド」の中での美菜は、結婚に対する条件・理想がかなり高く、夫となるべく人の資産や仕事ぶりをかなり気にしている様子。
収入の多い男性と結婚し、専業主婦となり子育てに専念し、セレブな生活を満喫しようとしているのではないか?と、読者の方が余計な詮索をしてしまいたくなるようであった。
別荘の写真を見せられた時は、さりげなく「ソファーは欧州製の最高級品に違いない」(P,10)と言っている。
のちに美菜は高級家具を取り扱う老舗企業に務めていることが分かるが、こんなところにヒントがあったとは。
結局、清川の魂胆はマスター・武史にはバレバレで、彼は返り討ち(?)にあうのだが、ここから美菜とマスターの関係が始まったのである。
「査定する女」
物語が進むうちにも、ちょこちょこバーの常連として登場する美菜。
彼女のストーリーである「査定する女」では、彼女の仕事が明らかになる。それは、イタリアの高級家具メーカー「バルバロックス」のインテリアコンサルタント。
リノベーション会社に勤める武史の姪・真世が、「バルバロックス」に栗塚という客を連れていった。そこで働く美菜と偶然出会い、真世と美菜、そして栗塚と美菜の距離が縮まっていく。
美菜は、客のリクエストには即座に答え、語学も堪能。
かなり有能なキャリアウーマンに見える。彼女が結婚相手に資産を求める理由はなんだろうか?私は不思議だった。
美菜と栗塚の関係
栗塚からの好意を感じ始め、また自分も好意を持つことに気づきつつある美菜。
栗塚に食事に誘われた美菜は、共通の趣味を見つけようという話になり演劇はどうかと提案する。
「演劇がお好きなのですか?」という栗塚の問いに対し、好きとも嫌いとも答えず「たまに観に行きます」と答える美菜。
次のデートでは、舞台を観に行く2人。
約3時間の舞台劇を見た後、満足した様子で内容を語り合う栗塚と美菜の会話は、同じ芸術を見たもの同士、感動を分かち合っているように見えた。
しかし、美菜は演技に対して「ヒロインの演技が大げさすぎた。もう少し前半は感情を抑えたほうがよかったのでは?」と言った。
私は、「たまに舞台に行く人にしては珍しい感想だな」と思ったのだ。
というのも、私は過去に子役として演じる側だった。今でも舞台や映画を見るのは好きだが、見た時に演技に注目してしまうのは演劇経験者あるあるだと思っていたからだ。
もちろん、必ずしもそうではないのは分かっている。推し俳優の舞台は全通しているほどのファンは「今日の推しの演技は~」という感想を持つだろうし、あまりにも棒読みな演技を見せられたら誰でも「イマイチな演技だ」と思うだろう。
しかし、美菜は「演劇が好きだ」と言っていない。栗塚への手前、あまりがっついた態度を取ってはいけないと思い、演劇が好きだと言わなかった可能性もあるが、私はちょっと違和感を覚えた。なぜ美菜はそこまで演技について深く見ていたのだろう?と。
トラップハンドでの出来事
美菜が栗塚と別れた後にトラップハンドに一人で飲んでいるとき、私が抱いた違和感の理由が明らかになる事件が起きる。
なんと、トラップハンドに外国人の強盗が入るのである。
美菜は、持ち前の語学力を生かして強盗とネゴシエーションしようとするが、ふと不思議な感覚にが押し寄せてくる。
「どうするべきかわかっている」と。
まるで、過去にこのシチュエーションを体感したことがあるような様子だ。自分は警視庁のものだと言い、強盗を追っ払ったのだ。すごい度胸。
しかも美菜は、「アドレナリンが出て全身の血が騒いでいる」とまで感じている。(p324)
私は、「ああ、この感覚知ってるなぁ」と思った。
バーの客でいた不審な男が、種明かしをする。実は彼はアメリカのキャスティングエージェントで、強盗はフェイク。
アメリカで役者を目指していたころの美菜とオーディション会場で出会っていた彼は、偶然日本で美菜と出会った。強盗のくだりは、美菜と彼が出会ったオーディションの課題だったのだ。
大きな企画があるから一緒にアメリカに来てほしいと、大瀬と名乗った男は言った。
芝居に見切りをつけて日本に帰ってきた美菜は、答えに困ってしまう。
別れ際に大瀬は、
「アメリカには無限のチャンスがある。しかし、挑戦しない人間にはチャンスは来ない」(p331)
と言って去っていく。
美菜の思い
役者時代に想いを馳せていると、美菜は栗塚からプロポーズされる。
数々の男性と出会い、失敗しそうになり、やっと見つけた理想の結婚相手から、ついにプロポーズされたのだ。今までの美菜なら二つ返事で答えたのではないか。
ブロードウェイで「CICAGO」を見ましょうという栗塚の誘いに、美菜はきっぱりという。
「私のいる場所は観客席なんかじゃない」(p341)
美菜は、アメリカに行くことを決意し、栗塚とのプロポーズは断った。
美菜の報告を受け、トラップハンドでは美菜の決断を応援したいが少し残念そうな真世の姿が。
真世は、栗塚と美菜の出会いからのすべてが、武史と大瀬が描いた脚本だったことを知る。
美菜は、「男性を査定しているようで自分の将来像を査定していたのだ」、「今の彼女を正当に評価してくれる機会があるなら逃すわけはないと思った」(p.347)と武史は言った。
美菜が俳優を目指していたと分かったとき、そして、大瀬が美菜の演技を買っていたことが分かったとき、私は涙が止まらなかった。
誰かが美菜を見ていてくれたこと、もうあきらめたつもりだった夢に対して美菜に可能性の光が差してしまったこと。よかったなという想いとまた夢を追い続けなければならなくなったであろう美菜に対する気持ちで涙が出た。
今の自分を正当に評価してほしい。誰しも思うことだが、誰でも叶うことではない。だが、その「正当」とは、何を持って正当とするのだろうか?
人からの評価が自分の思っている評価と同じならよいのか?
自分が欲しいと思う収入がもらえていればいいのか?
自分がやりたいと思うことを周りが応援してくれていれば、正当な評価を受けていると言えるのだろうか?
夢を追い続ける苦しさと喜びを再度得た美菜と自分を重ねながら、今日も粛々と仕事をしてる私であった。
美菜と栗塚が一緒に見た舞台は、ヒロインが恋人についていくか自分の仕事を選ぶか決断を迫られるという内容だった。こんなところにもフラグが立っていたのか…東野圭吾、おそるべし。